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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)193号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤利雄

高﨑英雄

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

浅野晴美

外二名

主文

一  原告が日本国籍を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨

第二事案の概要

一当事者間に争いのない事実等

1  原告は、昭和二四年九月二二日、乙川花子(旧本籍地新潟県丙山村(番地略))(以下「花子」という。)の子として出生し、旧国籍法三条(明治三二年法律第六六号)に基づき日本国籍を取得し、乙川次郎として右花子を筆頭者とする戸籍に入籍した。その後、昭和二七年二月一八日、当時中華民国国籍を有していた甲野三郎(旧姓甲野四郎。以下「甲野」という。)が原告を認知した。(以上の事実については当事者間に争いがない。)

2  同年一〇月一二日付けで、甲野及び花子の両名の名義で法務大臣に対し、原告が日本国籍を離脱する旨の届(乙一号証)が提出された。法務大臣は、右届を受理し、同月二五日、昭和五九年法律第四五号による改正前の国籍法(以下「改正前国籍法」という。)一二条の規定に基づき、原告の日本国籍離脱を官報に告示した。更に、同年一一月二〇日、花子から新潟県丙山村々長に対して、原告の国籍喪失の届出が提出され、同村長は、右届出に基づき原告の戸籍に国籍離脱による日本国籍喪失事項の記載をし、同戸籍を除籍した。(以上の事実は、甲一号証、乙一号証及び同三号証によって認められる。)

3  その後、原告は、甲野を相手方として東京家庭裁判所に認知無効確認の申立てをしたところ、平成二年五月二五日、右申立てを容れて右認知が無効であることを確認する旨の審判があり、右審判は同年六月九日に確定した。したがって、原告と甲野の間には親子関係はなく、原告は、もともと中華民国国籍を有していないことになる。(以上の事実については当事者間に争いがない。)

4  原告は、同年六月一三日東京都港区役所に戸籍の回復を申請したが、除籍謄本上の右甲野の認知の記載の消除しか認められなかった(以上の事実については当事者間に争いがない。)。

二本件の争点

本件の争点は、右一のような事実関係の下で、原告が現在もなお日本国籍を有しているものといえるか否かの点にあり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  原告の主張

原告は、前記のとおりもともと中華民国国籍を有しておらず、したがって、甲野及び花子の名義で提出された原告の国籍離脱届は、その前提となる改正前国籍法一〇条一項所定の「外国の国籍を有する日本国民」との要件を欠き無効なものである。そうすると、原告は、現在もなお日本国籍を有していることになる。

2  被告の主張

改正前国籍法の下における国籍離脱の届出の受理及びその告示は、法務大臣の行政処分であり、重大かつ明白な瑕疵がある場合にのみ無効となるものである。ところで、本件の国籍離脱の届出には、中華民国総領事発行の原告が中華民国国籍を有する旨の証明書が添付されていたのであるから、これに基づいて法務大臣のした右国籍離脱届の受理及びその告示には、重大かつ明白な瑕疵がなかったことは明らかである。

したがって、原告の前記の国籍離脱は有効なものであり、原告は、日本国籍を有していないことになる。

第三争点に対する判断

一改正前国籍法一〇条一項は、「外国の国籍を有する日本国民は、日本の国籍を離脱することができる。」と規定しており、また、同条二項は、右の国籍の離脱をするには法務大臣に対する届出を要するものとしている。すなわち、法は、国籍離脱の効力が生ずるためには、その者が二重国籍者であることと法務大臣に対する届出がなされることの両方の要件が充たされるを要求しているものというべきであり、外国国籍を有しない者のした国籍離脱届が誤って法務大臣によって受理され、国籍離脱の告示がされたとしても、これによって国籍離脱の効力が生ずる余地はないものと考えられる。こう解しないと、外国国籍を有しない者のした国籍離脱届が誤って受理された場合には、その届出人は無国籍者とならざるを得ないこととなり、明らかに不都合な結果を生ずることになる。

これに対し、被告は、法務大臣のする国籍離脱届の受理及びその告示が行政処分であって、重大かつ明白な瑕疵がある場合でない限り無効とされることはなく、右の受理等が無効といえない場合には、国籍離脱の効力が覆されることもないものと解すべきであると主張している。しかし、本件において法務大臣のした国籍離脱届の受理等が無効なものと考えられるか否かはともかくとして、そもそも改正前国籍法の規定の解釈として、届出人が外国の国籍を有する者であることが国籍離脱の効力が生ずるための実体上の要件とされているものと解すべきことは前記のとおりであるから、すでにこの点で、被告の右のような主張は失当なものといわなければならない。

二そうすると、本件においては、原告がもともと外国(中華民国)の国籍を有する者でなかったことについては、前記のとおり当事者間に争いはないから、原告については改正前国籍法一〇条の規定による国籍離脱の効力が生じる余地はなく、したがって、原告は、現在もなお日本国籍を有しているものというべきことになる。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官近田正晴)

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